学校や仕事に行くために「朝起きようと思っても起きられず、気づいたら昼頃に目が覚めた」という、「朝、起きられない」(起床困難)原因の一つに「概日リズム睡眠障害」つまり「睡眠相後退症候群(睡眠・覚醒相後退障害)」があります。

 

「朝、起きられない」のは、血圧が低いから?

「朝、起きられない」原因の一つに「起立性調節障害」がありますが、「起立性調節障害」は、「起立に伴う循環動態の変化に対する生体の代償的調節機構の不調」つまり、“体を起こした時に血液がその重みで下半身に移動してしまうのを自律神経(交感神経)の作用で防止する機能が弱まることで、体を起こしたり立ち上がったときに、立ちくらみやめまい、気分不良をきたす疾患”とされています。そのため、目覚めて朝起きようと体を起こしたときにこのような症状がでてしまうため、”目が覚めていても”起き上がれない、という症状がでます。日本小児心身医学会は、起立性調節障害の特徴的症状https://www.jisinsin.jp/general/detail/detail_01/として、
・立ちくらみ、朝の起床困難、気分不良、失神や失神様症状、頭痛など。症状は午前中に強く、午後には軽減する傾向がある
・症状は立位や座位で増強し、臥位にて軽減
・夜になると症状は軽減
・夜に目が冴えて寝られず、起床時刻が遅くなり、悪化すると昼夜逆転生活になることがある

と説明しており、病態(病気の原因)が、自律神経機能の不調による血圧コントロールの障害としているため、「新起立試験」という、「10 分間安静臥床し、その後 1 分毎に 10 分間、血圧・心拍数を測定する」検査をして、横になっているときと体を起こしたあとの血圧・心拍数の変化を診ることで診断します。

 一方、「朝、起きられない」=”目が覚めない”ことを特徴とする睡眠障害に「概日リズム睡眠障害」、つまり「睡眠相後退症候群(睡眠・覚醒相後退障害)」があります。「睡眠相後退症候群」の人に起立性調節障害の診断に使う「起立試験」を行ったところ、70%の人が起立性調節障害の基準を満たしたという報告(J Clin Sleep Med 12(11):1471-1476,2016)があるように、朝起きられないことで起立性調節障害とされた人が、実は睡眠相後退症候群(睡眠・覚醒相後退障害)の人も多いとされています。

 

睡眠相後退症候群(睡眠・覚醒相後退障害、概日リズム睡眠障害)とは?

 ヒトの眠りは、体内時計でコントロールされており、そのリズムに合わせて、ほぼ毎晩同じ時間に自然に眠くなって寝付き、生物学的に必要とされる十分な睡眠時間をとることで自然に朝に目が覚めます。この体内時計を調整しているホルモンがメラトニンです。メラトニンは自然に眠くなる2〜3時間前に脳の奥深くにある松果体というところから分泌され、寝付いて2〜3時間後に分泌量のピークを迎えたあと、次第に減っていきます。それと同時に体を起こす準備のため、コルチゾールというホルモンが増えだし、また深部体温(内臓の体温)を上げていきます。そして、十分な睡眠時間(7〜8時間)が取れたころにコルチゾールの分泌は最大になり、このコルチゾールの働きもあり、血圧が上がりはじめます。同時に目覚めて日光などの強い光を浴びると、メラトニンの合成にリセットがかかり、その13〜14時間後に再びメラトニンの合成が開始されます。このように、夜11時(23時)に寝て、7時に起きて目覚めとともに光を浴びると、その13〜14時間後の夜8〜9時頃に再びメラトニンが分泌され、その約2時間後ごろの夜10〜11時ごろに眠気が生じて眠りに落ちる、という規則正しい睡眠リズムが形成されます。

 しかし、メラトニンの分泌は光の影響を受けるため、夕方以降、特に夜遅くまで勉強や仕事のために白色蛍光灯などの強い光を浴びたり、ブルーライトと言われるスマートフォンやパソコンの液晶ディスプレイから照射される青色の光を浴びてしまうと、このメラトニンの分泌が抑えられてしまい、自然な眠気が生じにくくなります。そして、眠くなるまで勉強や仕事、遊びをしてしまうことで自然に寝付ける時刻がどんどん遅くなっていきます。このように、夜ふかしなどが原因で眠りをコントロールしている体内時計が乱れてしまうことで、社会生活を行う上で望ましい時刻に自然に寝付けない・起きられない状態になったものが「睡眠相後退症候群(睡眠・覚醒相後退障害)」です。

 

「睡眠相後退症候群」の原因は?

 体内時計が乱れることで発症する「睡眠相後退症候群(睡眠・覚醒相後退障害)」の主な原因は2つあります。一つは、夏休みなどの長期休みの時に、例えば、下図のように2時頃に寝て10時頃に起きるという8時間睡眠の遅寝・遅起きがあります。この遅寝・遅起きを繰り返したことで、自然に眠くなる時間がこの遅寝・遅起きのリズムに慣れてしまい、休みが明けて学校や仕事が始まって以前同様に23〜0時に寝ようと思っても休み中とおなじ2時頃まで寝付けず、7時に起きようと思っても脳も体も10時頃まで眠ろうとしている上に、無理に7時に起きようと思っても実際には5時間程度の睡眠しかとれていないために寝不足の影響も相まって、寝起きの悪さと日中の強い眠気が生じます。

 

 もう一つは、週末の“寝溜め”です。睡眠不足(睡眠負債)の影響は眠ることでしか解消できないため、平日に十分な睡眠時間が取れていなければ、それを補おうと休日に長く寝てしまいます。休日に目覚ましをかけずに眠ったら平日よりも2時間以上長く眠ってしまうようなら、睡眠不足と言えます。このとき、睡眠のmid-pointという寝付いた時間と起きた時間の真ん中(例えば0時に寝て6時起きならmid-pointは深夜3時)が、平日より2時間以上、遅くなってしまうと、眠りのリズム(体内時計)は、遅い睡眠リズムの方にすぐにずれ込んでしまいます。例えば、下図のように週末に1時間夜ふかしして深夜1時ごろに寝て、寝不足解消に昼11時まで眠ると、そのmid-pointは朝6時になり、平日よりも3時間遅くなります。そのため、上述の“遅寝・遅起き”と同じく、休み明けに早く寝ようと思っても体内時計は遅い時間にずれ込んでしまっているために寝付きが悪く、いつもどおりに起きようと思っても起きられない、起きても日中に眠いという状態になってしまいます。この状態を2006年にドイツのTill Roenneberg教授が「社会的時差ボケ(ソーシャル・ジェットラグ: SJL social Jet lag)」と命名しました(Chronobiol Int 2006;23:497-509)。

また、週末の夜ふかし・寝溜めが原因で「社会的時差ボケ(ソーシャル・ジェットラグ)」を起こすと睡眠の質の低下や日中の眠気の原因になることが、756人の高校生を対象とした京都府立医科大学の研究で明らかになりました(J sleep Res 2022;1-10)。また、約5,000人の中学生を対象とした研究によると、寝不足と週末の寝溜めで「社会的時差ボケ(ソーシャル・ジェットラグ)」を起こした結果、平日の日中の眠気だけでなく、イライラしやすくなり、学業成績が低下することが報告されています(Chronobiol Int 2022;39(3):311-322)。

 そして、夜ふかしや寝付けないために寝入る時間が遅れてしまったにも関わらず、登校や出勤のために頑張って朝早く起きると、医学的に必要とされる睡眠時間(成人でも7〜9時間、中・高校生は8〜10時間、小学生は9〜11時間:Sleep Health 2015;1(1):40-43)が取れていないために、日中の強い眠気の原因になります。この医学的に必要な睡眠時間が取れていないことが原因で日中の強い眠気をきたした状態を、睡眠障害国際分類ICSD-3では「睡眠不足症候群」と定義されています。蓄積された寝不足による眠気は“睡眠負債”と言われるように、眠らない限り解消しないため、夜の勉強や一仕事のために下校後や帰宅後にうたた寝・長い仮眠をとりがちですが、これが原因で、より一層、遅い時間まで夜ふかしし、寝付ける時間も遅くなり、その悪循環が破綻して、ついには明け方にならないと眠れない、一度、寝付くと、いわゆる“爆睡”状態になるため、社会生活上、起きなければならない朝の時間になっても微動だにせず起きられない(目が覚めない)状態になったのが、「睡眠相後退症候群(睡眠・覚醒相後退障害)」です(下図参照)。明け方3時過ぎてようやく寝付ける睡眠相後退症候群(睡眠・覚醒相後退障害)の人にとっての朝7時は、0時に寝付いている人の深夜4時にあたり、脳も体もぐっすり休んでいる状態なので、無理に起こしても体は休んでいる状態なので血圧は低く、めまいや頭痛、胃腸も十分に働いていないので食欲もなく、無理に食べれば胃もたれ・嘔気の原因になります。気合・やる気があれば起きられるはずと思うかもしれませんが、もし毎日ずっと0時就寝4時起床の生活を強いられていたら、どうなるかは容易に想像がつくでしょう。

 なお、睡眠不足の影響ですが、約15,000人の中・高校生を対象とした研究で、睡眠時間が医学的に推奨されている8時間前後の人に比べ、睡眠時間が6.5時間未満になると“うつ病/不安症”を発症するリスクが約2倍、5.5時間未満になると3倍以上になることが、東大の研究グループから報告されています(SLEEP 2016;39(8):1555-1562)。また、慢性的な睡眠不足によって学業成績が低下することが数多く報告されています(Child Dev 2013;84(1):133-142, Sleep Med 2006;10(5):323-337, Learn Mem 2006;13(3):259-262)。さらに、寝不足状態だと表情から他人の感情を読み取る能力が低下し、一方でネガティブな感情に反応しやすくなって些細なことでイライラや不安感を抱きやすくなり、人間関係や社会生活に悪影響を及ぼすリスクが高まるとされています(SLEEP 2010;33(3):335-342、PLoS One 2013:8:e56578, SLEEP 2017;40(10):zsx133)。

 

睡眠相後退症候群(睡眠・覚醒相後退障害)の治療は?

 遅寝・遅起きにずれ込んだ体内時計の睡眠リズムを本来の望ましいリズムに戻すためには、起きなければいけない時間から逆算して医学的に必要な睡眠時間が取れる時間に就寝するよう生活習慣を整えながら、体内時計の調節作用のある薬を適切な量を適切なタイミングで服用する必要があります。体内時計に作用する薬を間違ったタイミングや量で服用したり、体内時計に合わないタイミングで血圧を上げる薬を服用したり、徹夜して眠りのリズムを戻そうとしたり、眠れないからと次々と睡眠薬の量を増やしたり眠気を誘う作用が強い薬を服用しても、効果が出ないばかりか、いっそう朝に起きられなくなり、睡眠リズムがさらに乱れてしまうことがありますし、正しく服薬しても、遅くまで起きている生活を続けていては、薬の効果が出にくくなります。

 生活習慣を見直すためにスマートウォッチや睡眠日誌で眠りや眠気の記録をつけながら、適切な薬を適切なタイミングで服用することで、たいていの概日リズム睡眠障害(睡眠相後退症候群・睡眠・覚醒相後退障害)は2〜4週間で寝付きは改善しますが、服薬を開始した初日からすぐに寝付けてスッキリ目覚められるようになるわけではありません。服薬治療を開始して早く寝付けるようになっても寝起きが十分に改善するまでは1〜2ヶ月以上かかることが多いです。そのため、眠れるようになっても、薬のチカラでその時間に眠るようになっているだけで、まだ脳と体の睡眠リズムは完全には戻りきっていないタイミングで薬をやめてしまうと、「眠れない・起きられない」というもとの状態に容易に戻ってしまい、結果として治療期間が長引いてしまいます。個人差がありますが脳と体のリズムが完全に回復するまでは薬の力で眠れるようになっても2〜6ヶ月、あるいはそれ以上かかります。受験勉強後やテスト期間明け、長期休み中の夜ふかしや週末の寝溜めを繰り返したあとに、「朝、起きられなくなった」場合、概日リズム睡眠障害の可能性もあるので、早めに睡眠専門医療機関の受診をお勧めします。

 

その他、“朝起きられない”原因は?

 「寝不足・睡眠負債」、体内時計の乱れによる「睡眠相後退症候群(睡眠・覚醒相後退障害)」や自律神経機能の不調による「起立性調節障害」以外に、朝起きられなくなる原因として、特発性過眠症や長時間睡眠体質、貧血や睡眠時無呼吸症候群や周期性四肢運動障害など眠りの質を悪くする体の病気もあります。また、人間関係や仕事・学業上の悩み・ストレスから「学校に行きたくない」「仕事に行きたくない」という思いから目が覚めても起きる意欲がわかないという心理的原因が背景にある場合もあります。心理的原因が強い場合は、休日などに朝から好きなことや興味があることをする予定があるときは早い時間に起きられ、早起きしたにも関わらず日中の眠気があまり強くないことが多いです。この場合は、体内時計を調整する薬などを用いても平日の起床困難が改善することがなく、専門的なカウンセリング治療が必要になることもあります。また、発達障害に関連して睡眠リズムが乱れることもあり、この場合は、発達障害に適した行動療法が必要になることもあります。

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参考図書

・「毎日しっかり眠って成績を伸ばす 合格睡眠江戸川大学睡眠研究所 (編集), 福田 一彦 (著), 浅岡 章一 (著), 山本 隆一郎 (著)、学研プラス)
6時間睡眠、徹夜で勉強、休日の寝溜め、不規則な生活が、日中の眠気や集中力の低下の原因になることを、世界の睡眠研究の実データをもとに紹介しています。
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参考サイト
・「夜になかなか眠れず寝坊してしまう…これってなんで?MedicalDoc

・「「寝る子は育つ」は本当!? 睡眠専門医に聞く「眠りと発育・成績」の関係性眠りのレシピ(ふとん・寝具の西川)

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