女性の睡眠障害
女性は男性に比べて不眠を訴える割合が1.5倍ほど高いと言われています。その原因として、生涯を通じて経験する「女性ホルモン(エストロゲンとプロゲステロン)の劇的な変動」があります。エストロゲンは睡眠抑制・覚醒亢進に働き、プロゲステロンは眠気の増強作用があるとされており、このホルモンバランスの変化により、入眠困難・中途覚醒といった不眠や眠気などの多彩な症状を認めることになります。また、育児・子育て、家事、仕事の両立といった社会的要因も不眠の原因になります。
他にも、月経や妊娠・出産で鉄分が不足しがちな女性は、じっとしていると脚がむずむずして眠れなくなる「むずむず脚症候群」のリスクが、どの世代も男性より1.5〜2倍高いとされています。
さらに、更年期での女性ホルモンのバランスの変化をきっかけに、いびきや閉塞性睡眠時無呼吸症候群を発症するリスクが閉経前の3倍になると報告されています。
このような睡眠障害・不眠症状がつづくことで、疲労倦怠感、不安、抑うつ気分が強まり、生活の質が低下しますが、はやめの治療が女性の精神的健康と生活の質の改善につながることが報告されています(サンパウロ疫学的睡眠研究、J Health Psychol. 2025 Jun 9)。
当院の勤務医は全員、睡眠学会専門医(総合専門医)と精神神経学会精神科専門医の両方の資格を有し、また女性医師も在籍しています。婦人科的な検査・治療が必要な場合は、近隣の婦人科クリニック・医療機関と連携して睡眠のお悩みに対応します。
女性のライフステージ別の睡眠障害
1. 月経周期と睡眠
38%の女性が月経に関連して睡眠の変化を訴え、そのうちの53%は月経とともに眠気の増大(過眠症状)を経験したという報告があります。
・月経前(黄体期)
排卵後から月経前にかけて、睡眠を促す作用のある「プロゲステロン」が分泌されます。このため日中に眠気を感じやすくなります。しかし、月経直前にはこのプロゲステロンが急激に減少するため、逆に寝つきが悪くなったり、眠りが浅くなったりします。また、この時期は体温がわずかに上昇するため、寝苦しさを感じることもあります。
※PMS(月経前症候群): イライラ、不安、気分の落ち込み、頭痛、腹痛といったPMSの症状が、心身の不快感となり安眠を妨げます。
・月経中
月経痛(下腹部痛、腰痛)や経血の漏れへの不安などが、夜中に目覚める原因(中途覚醒)となります。
2. 妊娠中・出産後の睡眠
妊娠・出産は、女性の人生で最もホルモンバランスがダイナミックに変化する時期です。また、妊娠中は鉄不足をきたしやすく、鉄欠乏性貧血に起因したむずむず脚症候群を発症する頻度が高まります。
妊娠初期
プロゲステロンの分泌が急増するため、日中に強い眠気に襲われます。一方で、つわりによる吐き気や頻尿などが夜の安眠を妨げることもあります。
妊娠後期
大きくなったお腹による圧迫感で寝姿勢が制限されたり、寝苦しさを感じたりします。また、頻尿、こむら返り(足のつり)、腰痛、胎動、胃酸の逆流などが、入眠困難や中途覚醒などの原因になります。
出産後(産褥期)
2〜3時間おきの授乳やおむつ替えによる慢性的な睡眠不足になりやすいうえに、出産によるホルモンバランスの急激な変化により「マタニティブルー」や「産後うつ」から不安や抑うつ気分に伴う不眠を認めることがあります。
3. 育児世代・働き盛り世代(30代〜)
30代以降の女性は、月経周期による睡眠障害に加え、育児・子育て、家事、仕事の両立からのストレス性の不眠や睡眠不足の影響を受けやすいとされています。
4. 更年期と睡眠
40代半ばから50代にかけての更年期は、女性ホルモンのバランスが不安定になることで、自律神経が乱れ、様々な不調が現れます。その結果、多くの女性が睡眠の問題に直面する時期です。
更年期の代表的な症状
・ホットフラッシュ・寝汗:夜中に突然、顔や上半身がカッと熱くなり、寝汗をかくことで、その不快感が中途覚醒や熟睡感の低下の原因になることがあります。
・精神的な不調:不安感、抑うつ、焦燥感などが高まり、寝つきが悪くなったり(入眠困難)、早朝に目が覚めてしまったりします(早朝覚醒)。
・その他の身体症状: 動悸、息切れ、肩こり、頭痛なども安眠を妨げます。
・睡眠時無呼吸症候群(SAS)のリスク増加: エストロゲンには気道を開きやすくする働きがあるため、減少すると気道が狭くなりやすく、いびきや無呼吸のリスクが高まります。また、ホルモンバランスの変化が体の脂肪分布に影響し、内臓脂肪・上気道周囲への脂肪沈着も一因と考えられています。
- 閉経前と比べ、閉経後は睡眠時無呼吸症候群(OSAS)の頻度が3倍
(Young T et al. Sleep 1997;20:608-613) - 閉経後にホルモン療法を
受けている女性のSASの有病率 :0.5%
受けていない女性のSASの有病率 :2.7%
(ホルモン療法を受けている女性の約5倍)
※閉経前の女性のSASの有病率:0.6% (AHI≧15/h)
(Bixler EO et al. Am J Respir Crit Care Med 2001;163:608-613) - 未治療の睡眠時無呼吸症候群は認知症のリスク
(Yaffe K et al. JAMA. 2011;306(6):613-619)
・認知症ではない平均年齢82.3歳(すべて女性)298人
睡眠時無呼吸症候群 :105人(AHI≧15回/時間)
睡眠時無呼吸症候群ではない人:193人
・4年後に認知症の検査をした結果、
睡眠時無呼吸症候群の人が認知症を発症するリスクが2.36倍
環境変化による不眠
子どもの受験・進学、就職や独立、夫の定年退職、両親の介護といった生活の変化に伴うストレス・不安、また自身の体力・容貌の変化や健康不安などから、精神ストレス性の不眠や不安・抑うつ症状を認めやすい世代とされています。
女性に多いその他の睡眠障害の原因
むずむず脚症候群:月経や妊娠・出産で鉄分が不足しがちな女性は、じっとしていると脚がむずむずして眠れなくなる「むずむず脚症候群」を発症しやすいことが知られています。また、40歳を過ぎると、男性女性ともにむずむず脚症候群を発症する人が増える傾向があります。