コロナ禍のストレスや不安が寝付きを悪くしてしまうストレス性の不眠以外に(詳細は「なぜコロナ禍で眠れなくなるのか、「コロナ不眠」について」を参照)、このコロナ禍で「眠れない・寝付きが悪くなる・朝、起きられない」原因に睡眠覚醒リズム障害(睡眠リズム障害)があります。

 人の眠りは体内時計でコントロールされていますが、コロナ禍の影響で在宅勤務やオンライン授業が増えたことで、通勤業務・通学登校をしていたコロナ前の頃に比べて起きる時間が遅くなり、そして遅くまで寝ていられるという余裕から寝る時間も遅れてしまうことがあります。また、夜間のWeb会議やオンライン飲み会、在宅勤務でありながらも子供も自宅学習が増えたために子供が寝静まってから夜遅くまで自宅で仕事を行わざるを得なくなり、そのため寝る時間が遅れてしまうこともあります。さらに、コロナ感染拡大防止への対応として在宅勤務と出勤業務が繰り返されている方でも、在宅勤務の前日の夜は遅くまで起きていて、翌朝は在宅勤務の開始時間ギリギリまで寝ているという、「遅寝遅起き」になることがあります。このように遅くなってから寝るという生活を繰り返していると、人の眠りは遅い時間のリズムに慣れやすいため、出勤業務や登校に合わせて早く寝ようと思って布団・ベッドに入ってもなかなか寝付けず、深夜・明け方になってようやく寝付き、早く起きようと思っても「朝、起きられない」「起きても、午前中いっぱい眠い」という状態になってしまいます。このように、社会生活を行う上で望ましい時刻に自然に寝付けず、一度寝付くとしっかり眠れるものの、社会生活を行う上で望ましい時刻に自然に起きられない(朝、起きられない)、無理に起きると日中の強い眠気が生じてしまう状態を「睡眠覚醒相後退障害(睡眠相後退症候群、睡眠相後退障害)」と言います。

 

なぜ、自然な眠りがズレてしまうのか?

 人の睡眠は体内時計で調整されています。そのため、規則正しく生活していると、大抵は同じ時間になると自然に眠くなり、その人にとって十分な睡眠をとると自然に目が覚めます。この体内時計を調整しているホルモンがメラトニンです。メラトニンは自然に眠くなる2〜3時間前に脳の奥深くにある松果体というところから分泌されますが、メラトニンの分泌は光の影響を受けます。夕方以降に強い光、特にブルーライトと言われるスマートフォンやパソコンの液晶ディスプレイから照射される青色の光を浴びてしまうとこのメラトニンの分泌が抑えられてしまいます。眠気を催す脳内ホルモンであるメラトニンの分泌が少ないと眠気が出ないため、お布団やベッドに入っても脳も体も“眠る”準備ができていないため、寝付けなくなります。

ようやく十分なメラトニンが分泌された深夜・明け方になって脳も体も眠りに落ちます。本来、20〜60歳の成人でも6〜7時間の睡眠を必要としているとされているため、そのまま自然に任せて眠っていると、寝付く時間が遅れたように自然に目覚める時間も遅れてしまいます。これを無理に早く起きようとしても「朝、起きられない」、目覚まし時計などで脳を無理やり起こしても“体”は眠っている状態のため、無理やり起こされて目が覚めても低血圧やめまいや耳鳴り、頭痛、食欲低下や下痢・腹痛などといった体の症状(自律神経失調症の症状)が出ることがあります。また、体内時計の遅れによる症状だけでなく睡眠時間が短いことで寝不足の影響での体調不良も加わってしまい、午前中いっぱい、ひどいと夕方くらいまで眠気や倦怠感などが続いてしまうことがあります。また、眠りのリズムがずれてしまうことが、日中の意欲低下や抑うつ気分といった“うつ状態”の原因にもなることがあります。なお、脳の眠りのリズムを中枢時計、体の眠りのリズムを末梢時計と言い、本来は中枢時計と末梢時計は同じリズムで睡眠と覚醒を繰り返しますが、不規則な生活をすると、中枢時計と末梢時計のリズムがずれてしまい、目覚めたあとの体調不良の原因になることがあります(これを専門用語で内的脱同調と言います)。簡単に言うと、「夜ふかし」・「夜型生活」・「遅寝遅起き」を繰り返したことで、日本で生活しながら慢性的な“時差ボケ”状態になってしまった状態です。

 

もう一つのリズム障害、ソーシャル・ジェットラグ(社会的時差ボケ)

 出勤・登校のため平日は早寝・早起きしていても、週末に寝不足の解消として長く寝たり、夜ふかしをしてしまうと、体内時計が夜ふかしのリズムに慣れてしまい、休み明けに寝付けない・起きられないという状態になることがあります。これも睡眠覚醒リズム障害の一つで“ソーシャル・ジェットラグ(社会的時差ボケ)”と呼びます。ソーシャル・ジェットラグは睡眠障害を専門にしている研究者の間で2006年に提唱された新しい概念で、その後の研究から、平日の睡眠時間の中央時刻と休日など遅起きしたときの睡眠時間の中央時刻の差が2時間以上になると、体内時計が遅い方にずれ込んでしまうことがわかりました。つまり、平日は0時に寝て6時起きの場合は睡眠の中央時刻は3時ですが、休日に1時に寝て11時に起きる場合は休日の睡眠の中央時刻は6時になり3時間も後退したことになり、休み明けの”眠れない・起きられない“、朝に起きても眠い、頭痛や食欲低下などの心身の不調の原因になります。

 

睡眠リズムを崩さないためには?

 一番大切なのは、コロナ禍で在宅勤務・自宅学習になっても、十分な睡眠時間で規則正しい生活を続けることです。出勤業務・登校時に寝不足と感じていたようなら、ソーシャル・ジェットラグのところで紹介した“睡眠の中央時刻”を2時間以上遅らせない程度に起床時刻を少し遅らせると良いでしょう。そのとき、就床時間(お布団・ベッドに入る時間)は決して遅らせないことが重要です。

 また、朝食は体内時計をリセットする作用があるので(Hirao et al. Plos One 2009)、寝起きで食欲がなくても、ゼリーやヨーグルト、フルーツでも良いので何かを口にすることが大切です。また、カフェインも体内時計をリセットさせる作用があるとされているので(Narishige et al. Br J Pharmacol 2014)、苦手でなければ朝食と一緒に朝1杯のコーヒーあるいは紅茶も良いでしょう。

 コロナ感染拡大防止への対応とした在宅勤務・自宅学習中は、オフ(プライベートの時間)とオン(仕事・勉強の時間)の区別が難しくなります。特にワンルームなどでワークスペースとライフスペースの区分けが難しい場合はなおさらのことです。オン・オフの区別をつけるためにも、仕事・勉強の時間とプライベートの時間の区切りをつけ、夕方〜夜のプライベートの時間は仕事や勉強の資料・道具などはカバンなどしまうなどして目に入らない工夫が良いでしょう。また、仕事・勉強時間とプライベート時間を“着替える”ことで気持ちの切り替えを行うのも良いでしょう。

 夕方以降は、なるべく室内の光を蛍光灯ではなく電球色(オレンジ色)にし、夜10時以降はスマートフォンやパソコンの液晶ディスプレイを見ることを避けましょう。どうしてもこれらを使用する必要があるのならブルーライト・カットのメガネ等をかけるのも良いかもしれません。

 一度、体内時計が完全に大きくズレてしまうと、自力で生活習慣を改善しようとしても体のリズムの作用のほうが強くて自力では改善できなくなります。「朝、起きられない」という症状から「起立性調節障害」を疑われることがありますが、遅寝・遅起きや休日の長寝などが原因で体内時計が乱れたことで朝になっても体が”眠っている”状態のため、朝に起こそうと思っても起きられず、体は休息状態なので血圧が低いままということがあります。その場合は、体内時計の調節作用のある薬を適切な量を適切なタイミングで服用する必要があります。体内時計に作用する薬を間違ったタイミングや量で服用したり、体内時計に合わないタイミングで血圧を上げる薬を服用したり、眠れないからと次々と睡眠薬の量を増やしたり眠気を誘う作用が強い薬を服用しても効果が出ないばかりか、いっそう朝に起きられなくなり、睡眠リズムがさらに乱れてしまうことがあります。

 生活習慣を見直しながら、適切な薬を適切なタイミングで服用することで、たいていのリズム障害は2〜4週間で寝付きが改善し、1〜2ヶ月後に寝起きも改善してきますが、それは薬のチカラでその時間に眠るようになっているだけで、まだ脳と体のリズムは完全には戻りきっていません。眠れるようになったからと直ぐに薬をやめてしまうとまた「眠れない・起きられない」という振り出しに戻ってしまいます。個人差がありますが完全に脳と体のリズムが回復するまでは2〜6ヶ月、あるいはそれ以上かかります。「リズム障害かも」と感じたら、早めに専門医療機関の受診をお勧めします。

【新患受付の予約・問い合わせ】

参考サイト
夜になかなか眠れず寝坊してしまう…これってなんで?(Medical DOC)

青山・表参道睡眠ストレスクリニック